さくら祭り・紅葉もみじ祭りで代表される京都府美山町大野ダムパーク
   
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観光スポット(石田家・大原神社・野々村仁清生誕の地)


 国宝「色絵藤花文茶壷」(MOA美術館蔵)

野々村 仁清(ののむら にんせい)誕生の地

陶芸家「野々村 仁清」は江戸時代に活躍した京都の焼物の元祖。数ある名作の中で国宝として「色絵雉子香炉」「色絵藤花紋茶壺」、また重要文化財に指定されている「色絵瓔珞紋花生」は特に有名です。また、仁清生誕の地である「字大野」では、 野々村 仁清を称える会が数年前に発足し、地道な活動作業を推進しています。


国宝「色絵雉香炉」(石川県立美術館蔵)

石田家 (いしだけ)日本最古農家型住宅

慶安3年(1650年)建立。北山型の農家住宅としては日本最古の建物です。昭和47年に重要文化財にも指定されています。

(外観のみ公開・土日は内観見学可)

大原神社 (おおばらじんじゃ)

「安産の神様」として古くから信仰が厚い大原神社は、昔から遠く離れたところから、安産を願って毎年多くの人が参りにやってきます。また毎年4月23日には大原神社例際が行われておりますのでどうぞお足をお運びください。

 

石田家について

石田家入り口

石田家へは道路に面したこの入り口が目印です。
(手前に無料駐車場あり)

石田家概観

大野地区樫原にある石田家住宅は日本最古の農家として
昭和47年5月に国の重要文化財の指定を受けました。

石田家部屋

石田家内はご自由に入室いただけます。
靴は脱いでスリッパに履き替えてお入りください。

石田家

※石田家の入り口には有志で補修や維持の住宅保存の為の
ご協力金をお願いしています。

石田家の歴史について

昭和42年の調査では、慶安5年7月の建立と考えられていたが、解体工事中に慶安3年(1650年)3月31日の墨書が発見された。

この建物は慶安3年以来、昭和42年まで解体されてないことが判明し、庄屋を含む農業を営む民家としては日本最古のものである。北山型民家で、南は京都洛北、北は若狭湾まで分布し、石田家は北山型の最古の遺構とみられる。
江戸時代の樫原は、園部藩の領地で田地9.4町歩、高161石の小さな村で、上組、下組に分かれ「庄屋」がそれぞれいた。石田家は上組の一員で、先祖は庄屋を勤める家筋であった。
安永の末年頃からは、「庄屋」は1名になり、庄屋の下には「年寄」、その下に「組頭」がいた。庄屋は代官から任命され、戸長制度ができる明治5年まで続けられた。
村の産業は水田耕作、畑作、林業が中心であったが、宝暦頃からタバコの栽培が行われていた。
古文書によると、享保時代の中頃(1730年頃)、村には約40頭程度の牛がいたが、寛延時代(1750年頃)、牛も12頭に減り、そのうちの10頭が質入れされ耕作にも支障をきたした。
宝暦時代(1760年頃)から始められた煙草栽培は、この苦しみから脱するために始められ、時の石田源右ェ門も相当努力したものらしい。
石田家には系譜、由緒に類するものがないので不明であるが、年貢帳、口上書、証文などにみえる記載からすると江戸時代には「石田源右ェ門−源吾−源蔵」と続いた。
石田家の家格は、源右ェ門のように長く庄屋を勤め、また明治18年の源吾が村総代を命じられたりしたことで判るように、村の枢要の位置にあった。
家の前にある柿の木は、昭和天皇が即位の礼で、天皇として始めて京都に行幸された時、地区の代表で京都御所招待された時、天皇からの恩寵の苗を育てたものです。


■ お問い合せ

電話: 0771-75-9110 (大野振興会)
受付時間:9:00〜18:00 (水曜定休)
住所:〒601-0777京都府南丹市美山町樫原広畑1